2010年1月11日月曜日

堂目卓生『アダム・スミス』(2008、中公新書)


■本書は、2008年度のサントリー学芸賞を受賞すると同時に、2009年度の新書大賞第六位にランクインした。このことは、本書が学術的に高い水準にあると同時に、一般読者にも広く読まれ、支持されたことを示している。

■本書が目指すのは、これまで自由主義経済の思想的背景として理解されてきたアダム・スミスの『国富論』を、『道徳感情論』の延長線上において読み直すことで、新たな解釈を提示することである。『道徳感情論』においてスミスは、人間は「同感」という感情を基に、他者との社会的経験を通して胸中に「公平な観察者」を形成すると説いた。その「公平な観察者」に対する義務の感覚を具現化したものが「法」に他ならない。

■このように、人間の感情から秩序形成のプロセスを描いたスミスが、自由主義経済を手放しで礼賛したはずがない、というのが著者の主張の核心だ。著者は『国富論』の精緻な読解を展開し、市場社会を構成する富の交換というプロセスもまた、利己心のみならず他者への「同感」を基礎とすると説く。そして、常に胸中の「公平な観察者」の判断を仰ぎつつ、漸次的に市場を拡大することではじめて個人の幸福は最大化されると主張する。

■昨今の金融危機に端を発した不況のなか、論壇の風潮は、経団連を中心とする経営者と、湯浅誠氏や雨宮処禀氏を中心とする「ロスジェネ論壇」との対立を煽る方向性に進んでいる。その対立は、規制緩和による市場の拡大を目指すか、セーフティネットの充実による雇用者の尊厳を重視するかの対立と要約できる。

■しかし本書が示すように、両者は胸中の「公平な観察者」の確立という点で、その課題を共有しているのではないか。経団連の人々は市場の暴力にあまりにも無自覚なように見えるし、一方で「ロスジェネ論壇」の人々もまた、その主張が私情の吐露に終始しがちである。多くの経験から帰納されたバランス感覚のある「公平な観察者」を胸中に涵養することこそが、その人の幸福を最大化することを本書は教えてくれる。企業の経営者とフリーター、両者に手に取ってもらいたい一冊である。